使命…

産まれてきてからこれまでの人生を考えてきました。
正直、私は産まれてきた意味があったのか…と真剣に悩むことを繰り返してきました。



親からの無関心・抑圧・支配に苦しみました。
もうすぐ赤ちゃんが産まれるのに、親は電話の1本もくれません。
当然、赤ちゃんのことを聞いてくるなんてこともありません。



旦那さんの家族は、ずっと子供が親のすねをかじって生きて行けばいい、という考え方を代々続けています。子供の就職も親の縁故を1番とし、一人前になるよりも親のそばに住むことがよしとされます。



そんな2人が出会い、結婚をし、赤ちゃんができました。

自分の親に苦しみ、相手の家族にも結婚前に就職先を台無しにされ、生活まで危うくされました。

なぜ私は産まれてきて、赤ちゃんをつくることになったのか……


こんなに嫌な思いばかりするために生きてなきゃならないのか………


まわりの友達の環境と比べたりしました。
自分に足りないものは、常に家族でした。
最初からなかったような私は、いつも果てしない劣等感を感じ続けました。

今でも。



ふと、生きていく意味は誰にでもあるって聞いたことを思い出したことがありました。


考えました………


たぶん赤ちゃんを育てることではないです。


これから私の新しい家族を育てることが、私のこれまでも、これからも生きて行く意味です。


両家に共通してあったもの、それは物質的な豊かさでした。


そして

共通してないもの、それは精神的な豊かさです。



かたちは違えど、お金で繋がりがあるような家族です。そして、見栄が支配をしている家族です。



感謝する心の前には、必ずお金が絡んでいました。
お金あっての感謝。そういう関係は例え家族であっても、


金の切れ目は、縁の切れ目


簡単に壊れます。



お金の縁をこちらから切ってみました。
もう、ずいぶん長い間、連絡をとっていません。
自分の母親の顔を最後に見たのはいつだったのでしょうか……4年前?もっとかも(笑)




私は気づきました。

私は両家にあった毒を排除して、これまでになかった精神的な豊かさを1番に持つ、新しい家族をつくるために


今まで親に苦しみ
義親に苦しみ


子供を授かったのだな……と。


そう考えると、苦しみの中で経験してきたことが、とても意味があることに見えてきました。






お金がないけど、家族が仲がいいのと


お金はいっぱいあるけど、家族の繋がりがない



どちらがいいのか。



何不自由なく暮らしてきたくせに、と言われることもありました。親への感謝がない、とか親になれば苦労がわかるとか…


しかし払った代償は、自分の心の声と、友達です。


子供時代にしかできない人生で1番大事なつながりを犠牲にしました。



子供に払わせた代償を理解する親は、


親の苦労を理解した子供よりはるかに少ないと思います。



家庭環境に恵まれなかった人たちは、神様が


『あなたの世代から新しく良い家族を作り始めてください』


って自分にお願いしてるのだと思いました。



長年かけて流れている悪性の家族を一新するために、私は産まれてきたのだな、と。


これが産まれてきた私の使命だと思いました。